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一段落つきまして(記録として)

今年は1月に姫の学校のハワイ研修が本人まさかの当日インフルエンザ発症でキャンセルに始まり。
そのせいで春休みに姫を連れ、二人で初海外、初ハワイに行く羽目になり。
姫の高校入学準備だとか忙しく。

5月に同居していた祖父が亡くなり、四十九日法要も終わって一段落つきました。

この半期はとにかくバタバタ落ち着かない状況でした。




まず祖父のこと。
生前、内蔵、脳は元気でも、足腰が弱くなって外出出来なくなり、それでも根性で動いていた祖父でしたが(意地でもトイレには自力で行っていたし、昼間はとにかく椅子に座って起きてました)、3月末の誕生日のお祝いの料理や菓子を嬉しそうに食べてました。
しかしそこでガクッと様子が変わってしまいました。

4月に入って食事量がガタっと落ち、お米を食べたがらない。魚を野菜を食べない。大好きだった肉類も食べなくなり。そもそも水分を取ろうとしない。
辛うじてヨーグルトを食べる状態になりました。
私もどうしたら食べる気になってくれるだろうかと、どうしたら栄養摂取しやすいだろうかと考えたり調べたりして、色々工夫したり試行錯誤しましたが、なかなか実を結びません。

食べるという、嚥下するという行為が苦痛らしく。空腹もあまり感じない様子でした。
もちろん病院にも行きましたが、老衰が原因なのでなすすべもありません。

食べないとなると力が入らず、あれだけ頑張って昼間起きていたのにベッドに横になる日が続きました。

ここですごいのは、こうなってもまだ根性でトイレに自力で行くってことですが。
ただ間に合わなくて少々漏らすので紙パンツを履いて欲しいのですが、プライドがあるので中々説得に苦労したわけですが。

とにかくトイレに行くということに執着してました。
一日に何度も行く。そもそも水分も食事もまともに摂取してない為、さほど行く必要がないと思われるのですが、とにかく行きたくなるらしく。なにかスッキリしないのか分かりませんが。

夜中にも何度も行くわけで、こちらもその度に目が覚める。気にするという状況が続きます。
起き上がろうとしてベッドの上に転がり、そのまま起き上がれず呻いていたりすることが度々あり、でも呼び鈴とか用意してあっても使えず(教えてあっても意識から抜けてて使えない)、素直に助けを呼ぶこともせず(出来ない時と、しない時とあるので)となるので、家族としては常に祖父の立てる音に耳を澄ませるという緊張状態で過ごしました。

しかし本当に食べない、立てないの限界に来て。
だけど病気じゃない。
で、介護付き老人ホームに入ってもらうことになりました。
それが5月頭です。
入所して三日ほどはまだトイレに行けたし、おしゃべりも出来たのですが、七日後には完全に寝たきりになり、まともにしゃべることが出来なくなりました。


それから二週間後の朝、施設から血圧が下がっていると連絡があり、親族で駆けつけたところ、腰から下は全く動かず、手足は冷たく。でも意識はしっかりとあり、周囲の話は聞こえていて、何か聞くと頷いたり、頭を左右に振って否定したり、笑顔になったりの反応はあって、このまま持ち直すのかと思ってました。
ただ、呼吸が荒かったのが、いつの間にかやけにゆっくりになっていたのが引っかかったのは確かです。

それから昼過ぎて急変。声をかけても反応しなくなり、ものの十分程度だったと思います。
深く呼吸を一つして、息を引き取りました。
体には何の病気もなく。風邪でも肺炎でもなく。
文句のつけようのない、完璧な老衰でした。

数え103歳でした。
ギリギリまで家で過ごせたし、途中戦争も経験しているものの、全体的には幸せな人生だったのではないかと思います。

そんな感じで怒涛な半期でした。





祖父の・・・・・・というか、7年前に亡くなった祖母と共通することですが、私たち家族はずっと十年以上介護と共に、彼らの音、気配に耳を澄ませる緊張状態を維持してきました。

介護といっても痴呆なわけでも寝たきりなわけでもないですが、三度の食事に着替え洗濯の世話、通院。祖父母だけに出来ないので、家に誰かしら常駐という状況はかなり精神的負担が大きかった。

正直、自分が具合が悪くなっても即病院行こうという風には出来なかった。
両親と私の三人体制で見てる状況ではありますが、半分は夫婦セットで行動するわけで、実質2.5人体制だったんじゃないかと思います。
その中で今日は留守にしてもいいのかと、伺いながらなので、急に外出というのは実にしにくいわけです。
友人とのランチなども実に行きにくい。
姫が幼児の頃も祖父母の昼食の準備があるので公園を退散する時間など他より遥かに早く、ろくに他の子と遊ばせることが出来なかったり弊害がありました。

色々思うことはありましたが、まだ介護としては楽なんだからと自分に言い聞かせ、家事の延長なんだからと思うようにしてました。実際そうなので。

ただ、亡くなってから今までのあいだで、どれだけ自分の精神が消耗していたのかを実感する日々です。

特に4年程前から顕著になってきたのが、色々なことに徐々にやる気が失せてきたということ。
手芸も、自転車も、菓子作りも、ゲームもPC関連も、趣味とか好きだと思っていたもの全て。
家事にしても料理など工夫とか新しいものに挑戦するとか無理で。
ライフワークになるかと思っていたパッチワークがそうです。元々飽き性なのでそのせいかと思っていたんですが違いました。

それでも三年ほど前、強烈にハマるものが出来てハイの状態になってトータル的なモチベーションは上がってたんですが、所詮ドーピングです。
昨年の頭にはまた下がってきて、それからずっと家事その他の仕事以外は本読んで寝てるような状態でした。
こたつむりなんて巫山戯て言ってましたが限界だったんだと今ならわかります。

当時は全然無理してるつもりはなくて、ただ家事の延長線上で当たり前の事をしているつもりでした。
後半は昼間の週の半分はデイサービスに行っていたとはいえ、いるときは常に気配に意識を向け、ちょっとした物音でもすぐに祖父母の元へ様子を見に行っていたし、外出も最低限。ストレスが溜まってる自覚はありましたが、そこまでとは思いもよらないことでした。


今、日々その気力が少しずつ回復してきているのを実感しています。

一気にはいきません。
少し回復しては、また減退し。という繰り返しの毎日です。
それでも回復してきているのが嬉しい。
完全復活がいつになるかはわかりませんが、そう遠くではないのではないかと期待しています。

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